夏の甲子園で史上初逆転サヨナラ満塁弾を生んだタイブレーク導入は成功か

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180813-00000001-wordleafs-base

タイブレークとは今春のセンバツ大会から導入された新ルールで延長13回から無死一、二塁で前の回からの継続打順でスタート、決着がつくまで行う。決勝戦だけは採用せず延長15回まで行い、同点の場合は引き分け再試合。その再試合ではタイブレークを適用する。(※記事本文より引用)

高校野球はプロ野球ではない

タイブレーク制の導入には賛否両論があります。昨今の酷暑の対策として歓迎する声もあります。また「そのルールで勝った方が評価されるべき」という意見も存在します。

しかし一方で、その方式での決着に批判的な人も少なくありません。

・負けたチームが可哀想
・お互い納得いく形で決着をつけるべき
・せっかくの名勝負が台無し
・延長戦の死闘も高校野球の醍醐味

しかし、何よりも重要なのは、

高校野球はプロではない

当たり前なのですが高校野球はプロではありません。あくまで高校生の「部活動」「課外活動」です。これがプロ野球と一体何が違うのかといいますと、

最も優先されるべきは選手

ということです。

プロの場合、選手は高額な年棒と引き換えに、その金額に見合った活躍を求められます。それは高度なプレーだけでなく、試合外でのファンサービス等、多岐に渡ります。そして、それはファンだけでなくスポンサーである球団、あるいは球団のスポンサーである企業に対しても同様です。

一方、高校野球の選手、即ち高校球児達にはそういったサービスは必要ありません。むろん、実質的には学校の知名度を上げるための「広告塔」としての役割を担っているという面があるのは事実ですが、高校生としての権利、即ち学業や将来の進路を考える事が何よりも最優先となります。そしてそういった彼等に対して外部の人間が何ら特別な要求をする権利は持たないのです。

つまりプロ野球が「お客様ファースト」だとすれば、高校野球は「選手ファースト」ということです。

高校野球に「面白い試合」は必要ない

確かに、甲子園には「名勝負」といわれる試合があり、そこには「名場面」といわれる場面が多く存在します。とりわけ延長戦による「死闘」「死力を尽くして~」というのは見る側からしても、いつ決着がつくのかわからない、非常に見応えのある試合です。

しかし、そのような試合はあくまでも「結果論」に過ぎません。試合の当事者である高校生達は、何も狙って延長戦を戦っているわけでもないし、死闘を演じているわけでもありません。

逆に「特別な見せ場もなく、気付けば試合が終わっていたような試合」は退屈です。強豪校が、格下の高校に手堅く攻めすぎた試合等はその典型でしょう。あるいは注目されている選手が「温存」として、なかなか試合に出てこない。

しかし、それを「つまらない」「退屈だ」と批判するのは筋違いです。なぜなら前述のとおり、彼等はプロではない、そして観客よりも選手の都合が優先されて当たり前なのが本来の高校野球の姿なのですから。

「無理をしてでも出場しろ」
「面白い試合を見せろ」

残念ながら、これは高校生に対する過大要求というものです。もっといってしまえば大人のエゴに過ぎません。プロどころか今後も野球を続けるかどうか分からない、あるいは野球以外の事で将来の進路を模索している子供に対してそのような要求など基本的に「有り得ない」のです。

高校球児達は大人を感動させるためにやってるわけじゃない

「延長による死闘」
「一人で投げきった」

いわば「スポ根」とでもいいましょうか、このような「根性論」あるいは「美談」が好きな人は多く存在します。しかし、このような試合の当事者たちの負担は周囲の人間が、というよりも本人も想像している以上に負担がかかるものです。

プロを目指している選手にしてみれば、過度な負担で体を壊してしまうのは将来に関わる問題ですし、また、高校野球を野球人生の集大成と考えている人にとっても、後遺症に苦しむ危険性がある。いずれにせよ過度な負担は決して良い結果をもたらしません。

にもかかわらず、やはり「美談」として、このような過度な負担を強いられた上で何かを達成した、という話は多くの人を惹きつけてしまうのです。

それが本人にとっては悲劇であっても、周囲の人間にとっては「待ってました!」というような話が決して少なくありません。そして、そのような人達のニーズに応える為、無理を強いてしまう大人達が多く存在してしまっているのもまた、事実なのです。

しかし、当然といえば当然ですが…

高校球児達は大人を感動させるためにやってるわけじゃない

のです。本人達には将来があり、そして心身共に健康な状態を維持する権利があります。もっといってしまえば、そのような環境を提供するのは「大人の義務」だといえます。

「タイブレークは高校野球の醍醐味を失わせる」
「不本意な形での決着だ」

はっきり言ってしまいますと、

それって大人のエゴじゃないんですか?

ということです。自分達が楽しみたいから、そのために子供が犠牲になっても構わない。むしろ積極的に犠牲になるべきだ、という発想がそもそも間違っています。もっといってしまいますと、

「頑張り過ぎる子供達を適切な段階で止めるのが大人の役割」
「子供は我慢できなくても、大人は我慢できるもの」

なのです。そう考えた場合、タイブレークは高校球児達である子供の、というよりも観客である「大人の」エゴの抑止策といえるのかもしれません。


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