年収10倍だか100倍アップだか知らんけど

相談者に何を教えているかというと、とにかく何も考えずに

「とにかく毎日書け」
「頭を使わなくても体を動かせ」

まるでブラック企業の上司です。

 

あるいは根性論一辺倒の部活動の顧問。

「なぜその練習が必要なのか?」

部員からそのような質問が本来、されて当たり前。

これは決して反抗なんかじゃなく、極めて「建設的な意見」です。

 

ところが、

「全国優勝した俺に意見するなんて生意気だ」
「成果を出した俺に逆らってタダで済むと思ってるのか!」

自分に気に入らないことは全部頭ごなしに否定。

それも自分の地位や実績をふりかざし、相手に一切の反論を許さない。

 

正真正銘のモラハラ。

あるいはパワハラです。相談する側からすれば、

毎日何を書けばいいのか教えてほしい

ブログを毎日書くこと自体は簡単です。

問題はそれが不特定多数の読者に読まれるかどうか。

 

自分が「〇〇について書こうと思います」と言って、それをコンサルタントが、

「それは面白そう」
「ぜひ書くべきです」

あるいは、

「まず1週間やってみて、成果を見てみましょう」
「ダメだったら次の一手を考えましょう」

そういえば本人は自信をもって書きます。

 

コンサルタントの多くは「成功者」です。

・片や成功者。相談者の何倍も何十倍も収入のあるコンサルタント
・片や成功者に憧れる相談者。収入はコンサルタントの数分の一あるいは数十分の一

本来、これは「主客転倒」です。

コンサルタントはあくまで「裏方」「黒子」です。

 

仮に2つのプラン。例えばAプランとBプランがあるとします。

相談者がAプランを提示してきた場合、自分ではBプランがよいと思っても、可能な限りAプランで良い方向に持っていこうと努力する。

にもかかわらず「成功実績」なるものを振りかざし、一方的に持論を展開し、Bプランを勝手を遂行しようとする。

本来許されない行為です。しかし実績を振りかざされると相手方は意見を言えなくなってしまう。

それはもうコンサルとはいいません。勝手な持論を振りかざして会社の経営をコンサルの意志で決定しようとした場合、

「会社の私物化」

もっといってしまえば、

「乗っ取り」「介入」

極めて悪質な行為です。

 

「実績を振りかざし、相手の反論を許さない」
「相手が反論できないことをいいことに持論をごり押し」

こんなものはれっきとしたルール違反です。もしディベートであれば「反則負け」です。

ボクシングで言えば「キックやひじ打ちで相手をKO」みたいな感じでしょうか。当然ですがこれは勝ったとはいいません。単なる反則負けです。

 

ところが、なぜかそれを平気でやってしまう。

そして本来やるべきこと、

「相手に自信を持たせる」

これをやらない。

 

実績をアピールするな、とは言いません。

むしろ実績があるからこそ、

「実績のある自分が保証します。ぜひこれは自信をもってやって欲しい」

そういった肯定的な結論に持っていくべきなんです。その一言は相談者を大いに勇気づけてくれます。何といっても「成功者の一言」ですから。

それが「成功者である」コンサルタントの強みであり、USPです。にもかかわらず、

 

本人が自信をもって行動するためのアドバイスを何故か、やらない。

 

相談する側。即ち本人からすれば、

「こんなこと書いて読んでもらえるのか?」
「読んでもらえないんじゃ書く意味がないな」

要するに不安なんです。

だからこそ、その不安を如何に取り除くか。

それがコンサルタントの仕事です。

 

「無理です」
「書けません」

これは相談者の本音ではありません。

「読んでもらえるかどうか不安です」

そして、

「一日でもサボったら文句言われるなら書きたくありません」
「一日も書かさず、面白い記事を書き続けるなんて無理です」

これが相談者の偽らざる本音なんです。

 

これが「実績のない」コンサルタントであれば本音を言えます。

「そんなの意味ないじゃん」
「もっと別の方法教えてよ」

しかし実績があるとそうは言えませんよね。要するに、

コンサルタントを前に委縮してしまっている。

にもかかわらず、そう反論すると、

「やる気がない」

そうやって頭ごなしに「断罪」してしまう。

 

これではせっかくの実績が強みになってない。それどころか相談者にとっては「暴力」になってしまっている。

実績のあるコンサルタントが「やる気ない奴は成功しない」などと、面と向かって言われたらどうでしょうか?

相談者からすれば「自分は成功しない」と烙印を押されたと思ってしまう。そうなってしまったら「何をやっても無駄」と諦めてしまっても無理はない。

成功者の一言は「重たい」のです。

それは例えて言えば、

医者から「あなたは末期ガンです。もう助かりません」

こう言われたらどうでしょうか?本人の努力とか、精神力だけで克服できるでしょうか?

限界があります。当たり前ですよね。たとえそれが誤診であっても、です。

仮に誤診であっても、例えば「自分は何か重たい病気を抱えているのではないか?」と精神的に参ってしまうかもしれない。

そのくらい本人の精神的ダメージは「重たい」のです。

「自分は実績のある人間だ」
「相手は自分に遠慮して、必要以上に謙遜してしまっている」
「自分の方から意見を言いやすい雰囲気を作らなければ」

そういう気持ち。即ち、

自分は相手から思っている以上に尊敬され、同時に畏怖の対象である。

そういう自覚が必要なんです。

「相手から尊敬されている」

そう自覚するのは決して驕りなんかではありません。なぜなら「相手との距離が適切にとれていない」わけですから。

それを改善しようと考えるのはむしろ逆。非常に謙虚な考えです。

一方、そういった問題から目を背け、相手に対して「やる気がない」「甘ったれるな」で片づけるのは論外。

一見すると自他ともに厳しいようにも思えるかもしれない。しかし、

甘ったれているのはアナタの方です。

毎日「いい記事を」書く方法を教えてほしい

・毎日何を書けばよいのか?

これはブログコンサルタントの大半が、指導がヘタクソです。

「毎日書け」といいますが、

「何時に」
「何を書くべきなのか?」

これをキチンと伝えていない。これを伝えていなかったら、書けないですよね。

にもかかわらず、

「自分で考えろ」
「義務教育じゃねーんだから」

という人がいます。

実はこれ、根本的に間違ってます。

ちゃんと教えないとダメです。

「厳しい事言ってる俺ってカッケ―」

単なる教える側のオナニーなんです。

したがって、こんなこという指導者は論外です。

何を書くか教えるのは「絶対義務」です

ちゃんと教えること。

「毎日、何時頃に何をしたか?」

例えば、

・朝8時ごろに何をしたか?
・昼の3時ごろに何をしたか?
・夜の9時ごろに何をしたか?

全く同じでしょうか?違いますよね。

この違いを書くわけです。

書けますよね。

しかしそう伝えると、おそらくこう反論されます。

「そんな適当な事書いても読まれないんじゃないのか」
「割に合わない努力はしたくない」

おそらくこれを読まれている「受講生」のあなたもそのように反論されるのではないでしょうか。

詳細な話は後述致しますが、

「安心してください。読まれます」

なので書いてください。

あなたが不安に思っている、

「読んでもらえるのか?」
「無駄な努力に終わるのではないか?」

この不安、だったらこの際、私ならこう言いましょう。

「読まれなきゃ私が腹を切る」

少なくとも私は自信をもって言い切れますよ。

「大丈夫かお前?」
「命がいくつあっても足りないぞ」

なぜそう言い切れるのか?

「私は絶対にそれを読みたいから」

私が文章を指導する場合、文章を指導するのと同時に読者代表でもあるのです。

夏が暑いのは読者が読むのは当たり前でしょうが。

一体何を勘違いしているのでしょうか。

にもかかわらず、この質問に対して多くのブログコンサルタントは「逆上します」。

・年収10倍アップ
・年収○億円

自分なんかよりも遥かに成功している「スゴイ人」達。

そういった人達にも関わらず、全然懐の広さ、といいますか自信というものが感じられない。

「読まれるなら書くなんて、甘ったれるな!」
「成功するならやる、なんてビジネスをナメるな!」

そうじゃないんですよ。

「まずは普通の記事を書くこと」

なぜそのような記事を書くかというと、

「同じ時間帯に、微妙な違いがあることに気付く」

即ち、

「同じだけど違う」

例えば朝8時。電車に乗っている時間の話。一見すると平凡ですよね。

その日も、その翌日も。

そしてその次の日も…もしかしたら同じように見えるかもしれない。

でも本当にそうでしょうか?

「電車が定時通りに来なかった日は何日ありましたか?」
「席に座れた日ってありましたか?」

実は「同じだけど違う」のです。

そして、その、

「朝8時の電車の中」

一点に観察場所を絞っていると、

「ものすごくレアなハプニングが起きる可能性があり得る」

例えば、

「大雪でストップした」
「オリンピックで日本の選手の活躍が話題になり、電車がストップするほどの大騒ぎ」

それは1か月に1回かもしれません。

もしかしたら1年に1回かもしれません。

あるいは数年。もしかしたら一生に一度かもしれない。

つまり「非日常」です。

そして、この「非日常」を非日常として演出するためには、日頃から日常記事をストックしておく必要があるわけです。

「当たり前に電車が動いている、これは実はすごい事だ」
「事故でもないのに電車が全然動かない。こんなの有り得ない」
「5年間ブログを書き続けてこの大ハプニング」

これを書いて、かつ読まれるのは、

「どうでもいい記事を毎日書き続けた人の特権」

です。

だからこそ、

「一見地味でつまらない、どうでもいい記事を毎日書け続けろ」

なのです。

例えがいいかどうかはわかりませんが「パチンコの当たり(フィーバー)」のようなものだと思っています。

球を入れ、回胴(リール)を何十回、何百回と回さないと当たらない。

その内の1回1回は一見すると無駄な作業に思える。しかしその中の1回に「大当たり」があれば全てOK。

というより、そのような無駄の積み重ねがある意味必要なわけです。

「一見すると、どうでもいい記事」
「平凡すぎて、単体では注目されないような記事」

これがパチンコにおける「1回転稼ぐだけの記事」です。

一見無駄なようでも「大当たり」を出すには絶対必要なんです。

毎回大当たり、フィーバーの連続だったら確かにうれしい。(※それならどんなギャンブル嫌いな人でもやるでしょう)

しかし現実はそうじゃない。

だからこそ単なる精神論ではない。「理論に裏付けられた」大当たりを獲得するため「敢えて外すテクニック」を知っておく必要があるのです。

きちんと説明をしないのは「やる気がない」ということ

安易な根性論ではありません。ちゃんと理論を以て説明しないといけません。

プロのコンサルタントですよね?

「読まれないんじゃないか?」

この不安を解決してあげるのが、プロの仕事です。

「継続して書けば、レアなイベントが発生する」
「そのレアなイベントを引き立たせるには、ある意味、退屈な記事がスパイスになる

だからこそ、

「敢えてどうでもいい記事を毎日書き続けろ」
「注目される記事がアップされれば、それまでの日常記事が「確変」する」

これが「毎日書け」の正しいアドバイスなんです。

「やる気がない」のは受講生ではありません。

説明しようという「やる気がない」

教える側の問題。

そしてそれができない、

ブログコンサルタントがバカなだけ

です。

バカにペコペコ頭下げるのはやめましょう。

優秀なあなたはバカに首を差し出す必要なんかないのです。

このエントリーをはてなブックマークに追加

【全8回】無料メールセミナー / 「実績のない人普通の人」が、読まれるブログを書き続けるには何を書けばよいのか?
10年文章塾無料セミナー
お名前  *
メールアドレス  *
【10年文章塾に申込む↓↓】

お問合せは o44-988-8859
比嘉行政書士事務所(ヒガギョウセイショシジムショ)宛。
e-mail info@w-plusweb.net

【電子書籍出版致しました】