横浜

4月、予備校生としてのスタートが始まった。

当時は最大手だった代々木ゼミナール(代ゼミ)。

横浜駅の中央改札から地上に出て、遠くにみなとみらいを望む。

 

横浜という場所は、本当はもっと魅力的な場所なのだが当時の自分にはそんな探訪をしている余裕なんてなかった。

ただ、地上出口の先にある横浜そごう。そこの屋上からは海が見える。

そこに、たまに海を眺めにいくことが何度かあったくらい。

予備校

いよいよ予備校の授業がスタートした。

英語は何とかいけそうな気がしていた。

 

問題は国語だ。とりわけ現代文。

「どうやって勉強すればいいのか?」

そんな状態でのスタート。本当に1年間で成果が出るのだろうか?

小論文

その時、受講していたのが小論文講座だった。

「普通に現代文もできないのに、なぜ小論文を?」

受験科目として必要だったのだ。なので細かい突っ込みは勘弁。

 

むろん、まともに現代文が理解できない自分にとって、小論文など全く理解できない「未知の世界」である。

「本当に受講して大丈夫なのか?」

正直言って実はその時、後悔していた。しかしせっかく受講した講義に出ないのももったいない。

しかし、この小論文の授業がこの1年。もっといってしまうと現在までの人生を変える事になる。

小論文は「連想ゲーム」である

その小論文は「基礎講座」だった。

なので難しい内容ではなく、初歩的な内容からのスタート。

教室にいた受講生は10人くらいだっただろうか。

 

「小論文って連想ゲームみたいなものなんですよ」

講師が目の前にペンを出す。

「ここにペンがあります」

・しかし
・なぜなら
・そして

「この3つのどれかを選んでください」

マイクを提示された。

「なぜなら」

自分はそれを選んだ。

「なぜなら、そこからどんな言葉を「連想」しますか?」

次の受講生にマイクが提示される。

「文章を書くのに必要だからだ」

・では
・そして
・しかし

「この3つのどれかを選んでください」

別の受講生にマイクが提示される。

「しかし」

その受講生は「しかし」を選んだ。そして、

「しかし、ペンでいきなり書いて大丈夫なのだろうか?」

・なぜなら
・だが
・しかも

「この3つのどれかを選んでください」

その受講生は「だが」を選んだ。そして、

「だが、間違ったら修正液を使えばよい。消しゴムで消せなくてもいい」

すると講師は「では、ここまで」と言う。そして、

文章が「書けた」

「今からこの内容を文章にまとめてみましょう」

まとめるとこんな感じ↓↓

今から文章を書く。筆記用具はペンを使う。
なぜならここにペンがあるからだ。
しかし、ペンでいきなり書いて大丈夫なのだろうか?
だが、間違ったら修正液を使えばよい。消しゴムで消せなくてもいい。
だから今からこの紙に、このペンで文章を書こうと思う。

少々不恰好かもしれない。しかし意外と簡単に文章が書けた。

 

気付いた方もいらっしゃるかもしれない。

・では
・そして
・しかし

「この3つのどれかを選んでください」

これが、いわゆる「指示語」とよばれるものである。

この指示語を変えることにより、全く異なる内容の文章が出来上がる。

 

例えば、

「しかし、ペンでいきなり書いて大丈夫なのだろうか?」

・では
・そして
・しかし

これを「では」に変えたとしよう。

「では、まずは鉛筆で下書きをした方がよいのではないか?」

このような内容が考えられるだろう。

つまりこんな感じで「連想」するのである。

書き手、即ち「筆者」はこのように指示語を使い分けることで文章、あるいは自分の意見を「コントロール」することが可能なのである。

文章が「読めた」

「同じ人間が全く違う内容の意見で文章を書く」

・身長170cmは高い
・身長170cmは低い

例えば小学生で身長170cmというのは「高い」。

しかし、これがプロ野球選手ならばどうだろうか?当然だが「低い」。

(※プロ野球選手の平均身長は概ね180cmくらい)

 

実はこれが全く理解できなかった。

「身長170cmが高いかどうかはともかく、低いということは有り得ない」

そう考えてしまうのである。だから「本文の内容と一致するものを選べ」というものが全く解けなかった。これが「現代文が理解できない」理由だったわけである。

 

文章が「読めた!」

そうはっきりわかった瞬間だった。

「この筆者は、指示語をこう使って、こういう論理展開をしているのだな?」

問題文の中から、そういった筆者の主張がはっきりと読み取れるようになった。

 

「本文の内容と一致するものを選べ」

今までは、

「とにかく自分が気に入った選択肢を選ぶ」

これで正解できるわけがない。ちなみに「偶然」筆者と「共鳴」して正解することがあった。しかしそんなマグレ当たりが何度もあるわけがなく、基本的にはほとんど×

しかし、この「指示語を使った連想ゲーム」が理解できるようになって以降、ほとんど間違えなくなった。

2ヶ月後…

そして2か月後の模試の結果。

62

半年前、32だった偏差値が一気に跳ね上がっていた。

75点中0点だった読解問題は67点。〇が一個もなかった答案から×がすべて消え、そこには〇と△しかなかった。

もっとも古文と漢文が0点に近かったので…ちなみにこの「苦手意識」はその後1年間、引きずることになる。

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