嘘を言ってはいけません

「どうやったら自分を評価してもらえるでしょうか?」
「実績をアピールしてください」

このようなアドバイスをするコンサルタントの方、少なくない。というより多いです。

非常に。

はっきりいいます。

 

廃業しなさい。

 

理由は、

 

アドバイスになってない。

 

デマを言っちゃいかんでしょう。

それは常識ではありません

そもそも、なぜこういうアドバイスが半ば「常識」となってしまっているのか?

理由は、

「実績をアピールすれば上手く行くから」

 

例えば前職が「トップセールス」みたいな人がいるとします。

その実績を引っ提げて「営業コンサルタント」として独立する。

 

「元〇〇のトップセールスが教える営業法」

 

当然、周囲の注目度は高いでしょう。

問題はその人の「指導法」なんです。

 

「実績をアピールしてください」

 

確かにあなたはそれでいい。

トップセールス、という華やかな経歴を提示することで、多くの方が「知りたい」と思う。

 

では何が問題なのかといいますと。

「教える相手を間違っている」

ということなのです。

それは実績ではありません

「元トップセールス」

多くの方は「自分の実力だけで勝ち取ったもの」と思っていらっしゃるでしょう。

 

しかしそれはあくまで「会社から与えられた仕事をこなした」に過ぎません。

あなたのセミナーを受けている相手が知り合りたいのは、

「既にある仕事を与えられた上で、如何に上手くこなすか」

ではないのです。

 

「ない仕事を、どうやって仕事として獲得するか」

 

なのです。

「会社の信用があるわけじゃない」
「他に成功している仲間がいるわけじゃない」

もし、あなたが、

「実績なし」
「前職と全く関係ない仕事」
「実績がないために「門前払い」にされる」

これで上手く行く自信はあるでしょうか?

 

このように書くと、おそらくこう反論されるかもしれません。

「せっかく実績があるのに黙っている奴がいるか」
「お前なんかのために遠慮してどうするんだ」
「悔しかったらお前も俺みたくトップセールスになってみろ」

…よく考えてみてください。

「目の前でセミナーを受けている受講生に、あなたのような実績があるのですか?」

と。

それほど実績をアピールして欲しければ

多くのコンサルタントが一生懸命アピールされている実績。例えば、

「起業してからたった数か月で年収○倍アップ」

これは起業後に何かをした、というよりもむしろ、

「起業前に何をしたかが重要」

ということなのです。

 

要するに、

「起業前の「貯金」あるいは「利息」で食っている」
「起業後、実際に新たなことは何一つやってない」

そういう状態。

 

起業して10年経っているにもかかわらず、「起業前の」実績の話しか出来ない。

 

だとすれば、特別な実績がなく、なかなか成果を出せない。

あるいは起業しようにもなかなか一歩踏み出せないという人達に対して伝えるべきことは一つ。

「営業が大変な会社に転職しろ。そしてそこでトップセールスにでもなれ」
「そこで成果を出したら、その成果を引っ提げて起業すればいい」

これが本当の意味での「実績をアピール」ではないでしょうか?

 

つまり、

「既に起業したのですがなかなか思った通りに収益が上がりません」

この質問に対して、

(起業前の)実績をアピールしてください」

…全くアドバイスになっていません。

 

もしあなたが、自分自身の経験に則(のっと)り、アドバイスをするというのであれば、

「とりあえず営業が厳しい会社に就職しろ、そこでトップセールスになること。話はそれからだ」

 

これが「実績のアピール方法」となります。

「それじゃマズいだろ。客が来ねーよ」

という営業コンサルタントの方、

「じゃあ廃業しなさい。あなたに営業力はありません」
「あなたの能力はあくまで「組織の一員」としての能力に過ぎません」
「あなたがどんな自慢話をしようと、目の前の人には何の役にも立たない」
「結局、あなた自身が過去の栄光にしがみついているにすぎません」

ということなのです。

 

「悔しかったらお前もトップセールスになってみろ」

全くお話になりません。

「あなたが教えている相手と同じ立場、同じ目線で議論しなさい」
「あなたが教えているように、ガタガタ言わずに行動しなさい」

なんです。

実績よりも〇〇をアピール

ここからはコンサルタント、セミナー講師ではなく、受講生の話。

例えばあなたが占い師だとします。

 

前職で特別な成功体験があるわけでもない。

そのような状態で、

「実績をアピールしてください」

そう言われると、つい、

「どうしよう、何千人も何万人も占ったわけじゃないし…」
「どうしよう、有名人とかを占った経験もないし…」

そうなってしまいますよね。

 

でもそういう心配は一切不要です。

 

「月1回か2回程度、神社を訪れる」

 

例えばこんな感じ。

「この神社はこんなご利益があって、こういう人にぜひ、オススメ」

そんな記事をコツコツと書き続けていけばいいのです。

 

実績ではなく、一体何をアピールすればいいのか?といいますと、

習慣

です。

習慣をアピールしてください。

この場合、

「神社を訪れる」

という習慣。別に月1~2回というのは例え話ですので、これは自由に設定して頂いて構いません。

 

あなたのブログを読んでいるのはセミナー講師でもセミナー仲間でもない。

読者

なんです。

 

「今の自分にはこんな悩みがあって」
「その悩みを少しでもいい方向に持っていきたいと思って」
「そのためにはこのブログに書いてある内容がヒントになるんじゃないか」

そんな風に感じさせられる。そのためには「実績のアピール」なんて必要ない。

というより、コツコツと神社を訪れた記録を書き続けていく。

神社

神社を100か所訪れた。

 

それはいつの間にか習慣から実績となっています。

そこに年収がいくらとか、会社員時代の実績とか、そういうのは一切関係ありませんよね。

それでいいんです。難しいことを考える必要はない。

何を書けばいいのか?

特別な成功体験がない場合、こういう質問をしたいのではないでしょうか?

「ブログに何を書けばよいのですか?」

要するにこういうことではないでしょうか?

「自分の伝えようとしている内容、読んでもらえますか?」
「自分がこれから書く記事は注目される内容ですか?」

 

結論を申し上げます。

「習慣を書き続けてください。読まれます」
「自慢話は書かなくても大丈夫です」

 

あまり宣伝めいたことは書きたくありませんが、

「誰も読まなりならば私が最初に読みましょう」

あなたが書いた「習慣」はコンテンツ。いわば「ソフト」です。

では、それをどんなハードで運用していくか?

それを試行錯誤していく。

 

あれもこれも無理してやる必要なんかありません。

今、やれることをやる。

そしてそれを手を変え品を変え、切り口を変えていけばいいだけなんです。

 

非常に不謹慎な内容なのですが、分かり易い事例として敢えて書かせていただきますと、

「テロ事件の場所に偶然居合わせて、その事件現場を撮影した」
「大規模な災害の現場に偶然居合わせて、その事件現場を撮影した」
「死傷者が発生する政治デモの場に偶然居合わせて、その事件現場を撮影した」

…そんな「非日常的な出来事」に毎日遭遇する。

そしてその「スクープ映像」を、記事をアップするごとに提供できれば誰でも注目される存在になれるでしょう。

しかしそんなこと、まず有り得ません。

 

そもそも「自分がアクセス数を稼ぎたい」などと考え、そんな出来事を期待すること自体が前述のとおり不謹慎です。

なので、そんな「スクープ狙い」を考える必要は全くありません(というより、考えてはいけません)

※余談ですが「自作自演」は論外です。紳士服の「また」閉店セールみたいなのはやめましょう。「ふざけるな、ホントに閉店しやがって!」なんて言われたらアナタの負けです(←何に?)

 

それよりも書くことは「日常」です。

とりあえず近所を散歩して、目に付いた神社を参拝する。

あるいは喫茶店でコーヒーを飲む。

そんな日常的な出来事を「週1回」「月2回」といった感じで「習慣化」して書くことでよいのです。

 

習慣を書いてください。

日常を継続することで非日常が見えてくる

「凡事徹底」
「当たり前のことを当たり前にやるだけ」

よくいわれますよね。

しかし多くの場合、最初からそれが出来たわけじゃない。

その境地に辿りつくまでには様々な紆余曲折があります。

 

「これが当たり前と思ったがそうじゃなかった」
「自分では正しいと思っていたものが、みんな「間違っている」と言った」

 

そういった話、とても多いのです。というより、そういうケースが大半です。

 

「当たり前のこと当たり前に理解できるようになるまで10年かかった」

 

そんな話、決して珍しくはありません。

 

しかし一方で、そういった「今は当たり前」と言える理由。それは、

「これが本当に当たり前か?」

そういった「試行錯誤を繰り返す習慣」を10年間繰り返してきた「実績」の賜物(たまもの)です。

その10年間には「当たり前じゃない日常」「当たり前になるまでの非日常」が積み重ねられているのです。

 

それだけではありません。

「約束の時間に待ち合わせ場所で人と会う」

常識ですよね…と、ついそう思ってしまう。

しかしそれが本当に常識なのでしょうか?そして「当たり前」にできるでしょうか?

・大雪の日、電車が止まってしまった。
・急に子どもが風邪をひいた
・台風が接近しているとのことで、向こうからキャンセルの依頼が来た

 

実は、

「常識のようで常識じゃない」
「当たり前のようで当たり前じゃない」

じゃないのです。

 

むろん、これも同様です。

「いつも「約束の時間通り」だったから」

このような「日常」があるからこそ、それが崩れる。すなわち「非日常」が見えてくるのです。

 

「日頃から日常を観察し続けておかなければ非日常の瞬間には立ち会えない」

 

のです。

 

だとすれば、

「とりあえず散歩」
「とりあえずコーヒーを飲む」

こういった日常は決して「大したことではない」ではありません。

「大したこと」

なのです。

桜の木を眺め続ければ、きっと「咲く」

こんな話があります。

桜の名所とされる場所を訪れ、満開の桜を眺めたい。あるいはその風景を写真に撮りたい。

 

多くの方は、

「ちょうど見頃の時期に訪れることができれば…」

観光地の写真と実際の風景の落差を嘆かれた方も少なくないかもしれません。

 

では、そのような「一番いい時期」はどのようにして撮っているのか?

つまり「プロの写真家」なのですが…

 

その場所にずっと「張り付いている」

 

のです。

桜

桜がまだ、咲き始めの頃から。

もっといってしまえば、まだ咲いてもいない頃から。

そして完全に散ってしまう頃まで。

 

同じ場所で、同じアングルでずっと撮り続ける。

何百枚、何千枚…もしかしたら数万枚かもしれない。

 

咲いてもいない桜の木に始まり。見頃には程遠い時期の咲き始めもあるでしょう。

 

しかし、その中にちょうど見頃。即ち、

満開

 

そんな時期の写真が必ず何枚かは収まっている。

 

もしかしたら1日か2日。あるいは数時間のタイミングでしか見られないかもしれない。

 

しかし、その場所にずっといることで「見られる」のです。

その数百~数万分の1が「非日常」です。あとは「日常」です。言い方は悪いですが「大したことない」のです。

 

しかし、だからこそ、

 

「大したことのない」日常をしっかりと伝え続けなければならない。

 

そうでなければ、

「非日常が伝えられない」

のです。

 

日常を大切に。

そしていつか、

桜

非日常という、大輪の花が咲きますように。

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